50年の歩み

昭和26年発足以来、50年以上にわたって教育の根幹をなす知育、体育、徳育の3つの柱を、時代が移ろうとも不動のものとして、学校教育と地域社会の中で皆と一致協力して作り上げて来た、その歩みを記します。
                                        「注」 それぞれの年をクリックすると出来事や行事がご覧になれます。


1951 (昭和26年)

山田耕筰 名誉会長 [注]
伊藤道朗会長

昭和34年4月
昭和37年2月
昭和39年10月

 

皇太子御成婚祝賀音楽行進
徳川義親会長[注]
東京オリンピック開会式鼓笛隊出場

1965 (昭和40年) 昭和40年10月  
昭和43年1月   
昭和43年9月
昭和45年3月   
昭和48年7月   

南会長 藍綬褒章受賞
第一回「青年の船」連盟代表乗船
大銀座祭りパレード
大阪万博参加
上野歩行者天国開通祝賀パレード

1975(昭和50年) 昭和50年7月   
昭和51年11月  
昭和54年11月  
昭和55年3月   
     12月  
昭和57年3月   
昭和59年2月   

沖縄海洋博前夜祭、開会式出演
天皇陛下御在位50年式典参加
新宅安二本部長、総理大臣より国際児童年にあたり表彰
国際児童年事業推進会議、国務大臣、総理府総務長官より感謝状
NHK紅白歌合戦出場
日中友好10周年記念に招待、北京、上海で交換演奏会
建国記念奉祝パレード参加

1985 (昭和60年) 昭和60年4月
昭和61年1月
     4月
昭和62年1月
昭和62年4月
昭和63年8月
筑波万博出場演奏
ニース市より招待「日本文化週間ジャパンフェステイバル」開会式公演
天皇陛下御在位60年記念式典参列演奏
第5回ニース市「日本文化週間ジャパンフェステイバル」開会式公演
新宅安二本部長、藍綬褒章受賞
日中平和友好条約締結10周年祈念友好祭で交換演奏

1989 (平成元年) 平成元年2月  
平成2年8月  
平成2年10月
平成3年7月
平成5年6月

昭和天皇「天皇大喪儀」参列
日中親善友好北京アジア大会記念、天安門広場で演奏
天皇陛下御即位奉祝中央式典参列
第2回日中友好・中国天安門広場交換演奏会主催
皇太子殿下雅子様御成婚の儀パレード (二重橋ー国会)
1998 (平成10年) 平成11年11月
平成14年2月

天皇陛下御在位10年を祝う国民祭典皇居前広場パレード演奏
建国記念奉祝パレード「新宮様敬宮愛子様ご誕生」と併せて

2003(平成15年)

平成16年9月
平成17年8月
平成18年8月
平成18年10月
平成19年8月
平成20年2月

 

NPO法人「全日本鼓笛バンド●フォームバト連盟」法人登記
「愛地球博」(愛知万博
法人記念第一回「2006鼓笛バトン横浜フェステイバル」
東京都「青少年健全育成功労者」表彰
丸の内KIDSフェスタ(東京国際フォーラム)

建国記念奉祝パレード


[注]

山田 耕筰(やまだ こうさく)1886(明治19年)―1965(昭和40年):
近代日本を代表する大作曲家。交響曲、交響詩、声楽、オペラと並んで、「この道」「からたちの花」「赤とんぼ」はじめ多くの童謡を作った。東京フィルハーモニー交響楽団、N響前身の日本交響楽協会、日本楽劇協会の創設者。また芸術活動に留まらず、
市民慰安会、農村漁村への音楽慰安隊、産業戦士の慰労演奏を行う「音楽挺身隊」の隊長を努めるなど「音楽戦士」としても活躍した。文化勲章、レジョン・ド・ヌール勲章授与。

徳川 義親(とくがわ よしちか)1886(明治19年)―1976(昭和51年):
元越前藩主松平春嶽の五男として生まれた。明治41年、尾張徳川家の養子となって義親と改名。養父の後を受けて同家19代となる。昭和6年不発に終わった革命事件「3月事件」に出資、戦後軍より返却されたその出資金の一部で日本社会党を創設したり、東南アジアで虎狩りや象狩りを行ったり、あるいはスイス土産の木彫りの熊を北海道の名産にしてしまったりと、その波乱に飛んだ人生にエピソードは事欠かない。
名古屋市の「徳川美術館」創設者。